Life is beautiful

自由に書いていきます。

「孤独論」を読んで、便利さについて考えさせられた

 

 今回読んだ本はこれだ。

 

孤独論 逃げよ、生きよ

孤独論 逃げよ、生きよ

 

 SNSを始め、人との繋がりが重要視される昨今。

そんな時代のアンチテーゼとして、孤独の重要性を取り上げる本が密かなブームとなっているように感じる。

田中さんは「孤独」を体現したような経歴を持つ。

高校卒業後、引きこもりとなり小説を書き始める。

そして芥川賞を受賞するという一風変わったオンリーワンな人生を歩んできた人だ。

僕がなぜこの本に惹かれたのか。

この人の語る「孤独論」はリアリティをある。

格好つけず、自分の生き方を語った結果として生まれた本のように感じている。

 

  • 自分の頭で考える──。このシンプルにして味わい深い営みが、奴隷状態から抜け出すポイントだとわたしは考えます。
  • 反論が許されない雰囲気、主体的な思考を阻むような雰囲気が蔓延しているなら、それは奴隷化をうながすものです。
  • 「奴隷」とは、有形無形の外圧によって思考停止に立たされた人を指します。
  • 外部の意見に従うことが習い性になってしまうと、その心地いい状況を打破するのは非常に難しくなってきます。
  • 自分を押し殺し、相手に求められるだけの仕事に徹する。それは階段の踊り場をただぐるぐる回っているようなものです。いつまで経っても次の階段に足をかけない。足腰を使って上に昇ろうとしていないわけで、文章を書くための体力が落ちてくる。それでは作家として立ち行かなくなるのは道理です。
  • 「まあいいか、不満はあるけども、なんとか今日はやり過ごせたのだし、明日もなんとかなるだろう」などとうやむやにしてしまいがちなのはそのためですが、長い目で見て本当にそれでいいですか?あなたの人生であるようでいてあなたの人生ではない。そんな生き方がいいわけない。 
  • 意地やプライドは余計な荷物だということを自覚してください。そんなものはどうでもいい。無様な姿をさらすのと引き換えに逃げられるのですから、安いものです。無責任のそしりを受けるのなら、それも言わせておけばいい。 
  • 自分が損なわれる、自分の人生を失う、それ以上の苦しみはありえない。
  • 大切なのは、逃げたら、そこからは能動的な思考を継続していくということ。主体性、能動性、そういったものを取り返すための逃避なのですから。
  • 鍛えぬかれた、いってみれば超人的なプロアスリートを応援するのは、最高の娯楽だと思います。反発を恐れず言えば、応援する側は楽だし、傷つくこともないわけです。エンターテインメントたるゆえんです。
  • 完全に跳ね返された経験のないまま歳を重ねていくほうが、奴隷に陥りやすいし、そこから脱するのも難しくなってくる。 
  • 気力、体力があるうちに、勝負しておいたほうがいい。だめならだめで、先があるのです。
  • みずから向き合う時間がなければ、豊かさは得られないし、あなたは奴隷のままです。ずっと急きたてられて生きることになる。それはあなたの人生のようであってあなたの人生ではない。
  • インターネットといまより少し距離を置いてみることはできないでしょうか。
  • 当たり前ですが、インターネットでいくら検索しても、自分にとって本当に大切なものはなにか、という問いに対する回答は出てこない。インターネットとは所詮その程度のものなのだとわきまえてください。 
  • 電子化がさらに飛躍的な進歩を遂げて、日常のあらゆる場面がいっそう便利に効率的になったとして、それこそ楽しい刺激に満ち溢れたとして、であればなおのこと、気を引き締めたい。 
  • あなたはどういうものが好きなのか、どんな状態が心地よくて、どんな状態がきついのか。肉体をしっかり動かし、肉体に耳を傾けたうえで、取捨選択をはかる。
  • サプリメントのたぐいはその最たるものでしょう。サプリメントが駄目だとは言いませんが、肉を噛み切って、何度も噛んで、胃袋に流し込んでいくのが、やはり食の基本だし、醍醐味だと思います
  • 非効率だろうが、時代遅れだろうが、自分の肉体を使い続けることを疎かにすべきではありません。
  • 友だちの数の多さや、場を盛り上げたり場に馴染むコミュニケーション能力を重宝する風潮は、過剰防衛の虚しい反転にすぎません。そんなものはなくても立派に生きていける。独りになり、陰口をささやかれ、後ろ指を指されようとも、気に病むべきではない。むしろ同調圧力から解放されて、自分を顧みる機会を得たのだから、喜んでいいくらいです。
  • 孤独を拒んでなしえることなど、なにひとつありません。自分のやりたい道に舵を切れば、必ず孤独に直面します。そこは耐えるしかない。そして耐えられるはずです。孤独になるのは当たり前のことなのですから。
  • 文学にかぎらず、孤独な時間の中で得た思考は、あなたの可能性を拡げる。
  • 臆病になっても、継続さえできていればいい。肝心なのは、継続と、その先にある実現なのですから、あえて不安を払拭しようとする必要はどこにもないのです。
  • わからない本を、わからないと思いながら読むのは、直接的な収穫にはつながりにくい。でも、うんうん唸りながら理解しようと努力することで、いわば無駄な力を出し切ることができる。そうしないことには、小説を書くうえで、先にはいけないという実感があります。
  • キャリアを積み、肩書きを得て、仕事に充実を覚えていても、油断は禁物です。現役であるかぎり、能力に磨きをかけ続けなければ、たちまち錆びつく。
  • 独りの時間、孤独の中で思考を重ねる営みは、あなたを豊かにします。そうした準備、練習が、仕事に幅をもたらす。あなたを解放する。 
  • 仕事や世間の奴隷にならず、くだらない流行から逃れ、そして孤独に耐えるためには、本を読み続けなければいけない。そう固く信じるからです。
  • 文学にはゲームと違って直線的なおもしろさはないし、頭を使うから面倒な部分もある。その代わり身体に沁みる。あなたの人生そのものをおもしろくするかもしれない。
  • 文学を堪能するうえでもっとも大切なのは、あれこれ余計な詮索をしないことです。いたずらな深読みは慎み、一文ずつ、丁寧に読み進めていく。そうしてストーリーに身を任せる
  • そもそも生きていくうえでもわたしは常に言葉を欲している。
  • だれもが気軽にアクセスできる場にあるものばかり取り込んでいたら他人と同じ言葉しか得られなくなる。自分と他人を差別化するような、底力のある言葉を養うには、もう少し手間をかけざるをえません。 
  • 言葉はわたしたちの考える素です。行動を決めるのも言葉です。枯渇すれば、能動的に活動することがままならなくなる。何度も述べてきたように、それは思考停止を意味する状態であって、あなたは望まない環境に閉じ込められても、それに抗えない奴隷となります。言葉は本来の自分を保つための武器なのですから、ゆめゆめ疎かにしてはいけません。
  • 底力のある言葉を蓄えるうえでも古典はうってつけです。

 

  • 言葉のインプットとアウトプットを絶え間なく続けるために、文学はこれ以上なく有効ですし、なかんずく古典は絶大です。とっつきにくいからと敬遠してしまうのは、あまりにもったいないことなのです。
  • 社会は人間に成熟を要請します。安定し、落ち着いた、分別ある振る舞いができてこそ一人前。当たり前ですね。日々押し寄せてくる仕事をこなし、家族などのコミュニティでの役割をまっとうするには、いつまでも馬鹿をやっていられない。人間は成熟する必要がある。一方で、人間はそう簡単に成熟しないという事実もあります。常に落ち着き、分別をわきまえた行動を取るのは、なかなかに難しい。表向き、きちんと振る舞えるのなら、それで充分だし、大したものです。だから未熟さとは、あなたの素顔とも言える。その素顔を大切にしてほしい。 
  • 人間はどう生きるべきかとか、そういうことではなくて、「美しければそれでいい」と断じてしまう価値観に衝撃を受けたのです。充足していたというほどではもちろんないけど、日々の中に小さな手ごたえのようなものはあった。
  • おまえ、それくらいはやれよ。と自分ににらみを利かせている。 
  • 「あの人のように、大変な思いをして大学に入って勉強して就職した人なら正月やお盆に休むのはいいけど、おまえはそもそも引きこもりを十数年もやって、いまなんとか作家になっているのだから、無休くらいどうってことない」 
  • 人間の性格は精神や脳ではなくて、腸など内臓の状態が決定しているという説もあるらしいですが、たしかにそうかもしれないと思わせます。体調を整えておくことは、充実した仕事をこなすうえで不可欠です。
  • 人生とはつまるところ「棚からぼた餅」なのだと、わたしは思っています。人でも、しかるべき場所で、きちんと準備をして待てば、落ちてくる餅を手にすることはできます。努力と運は、けっこう密接に結びついているものです。なにかの結果は、努力のゆえでもあり、運のなせる業でもあります。

 

当たり前のように我々は繋がっている。

その反面、自分と向き合う時間は格段に減った。

前は小説を好んで読んでいたのに、最近はビジネス系や自己啓発的な本を選ぶことが多い。

田中さんの考えに触れることで、見落としていた大切なことに気づけた。